連載コラム
バッグ業界の変遷と               構造変化
久 野 康 一

            第3回(全6回)

 前回は、職人とメーカーという作り手の立場から、業界の変遷を駆け足で振り返った。今回は、いよいよ我々「問屋」の話だが、まずは “ブランドバッグ”の話からしなければならないと思う。このブランドバッグの存在こそ、問屋そして業界全体に、にいい意味でも悪い意味でも最大の影響を与えたと僕は思っている。

ジャカード織りのブランドバッグが新鮮だった頃
 ブランドバッグといえば、今では商品の主流の一つを占めるほど、大きな存在となっている。けれど、僕がこの業界に入った1971年には、まだブランドバッグなんて影も見えなかった。
 最初のブームが起きたのが、1975年頃。その時代を引っ張ったと言っても過言ではないセリーヌ、フェンディ、グッチのジャカード御三家だ。どれもジャカード織りの布地に革の付属使いが特徴。セリーヌは馬車柄、フェンディはFを二つ組み合わせたあのマーク、そしてグッチはグリーン+レッド+グリーンの例のベルトをモチーフにしていて、国産のバッグしか見たことがない者にとっては、どれもとても新鮮だった。
 ようやくエルメスやルイ・ヴィトンも認知されてきて、ひとめでブランドだとわかるバッグの全盛期が始まった頃だったのだと思う。
 そうしたブランドバッグに、国産バッグのデザインも影響を受け始めた。訳のわからないマークを織り込んだ布や、プリントされた革を使ってブランドらしい雰囲気を狙ったバッグが市場に出回り始めた。このころはまだ、さほど裕福な時代ではなかったので、高額のブランドバッグと、こうした普及品の国産バッグが市場で両立することができていた。 
 ちなみにそのころ男にとってブランドと言えば、ライターだろう。まだ100円ライターなどもなく、みなカルチェ、ダンヒル、デュポンなどのライターをポケットに入れて持ち歩いていた。僕も黒の漆のダンヒルを持っていて、とても大切にしていた。その後昼飯のときにうっかりとなくしてしまい、失意のあまり最初の禁煙を始めたくらいだ。

 
DCブランドで目覚めた問屋の自社ブランド開発
 さて、1980年代に入ると、いよいよデザイナーズ・ブランド、いわゆるDCブランドの時代が始まる。コムデギャルソンやコムサデモードなどの、上から下まで黒づくめで、ユニセクシャルなウエアが人気を集めるようになる。この斬新な流れの始まりに、バッグ業界にも新しい動きが出てくるようになった。問屋のプライベート・ブランドの台頭だ。
 DCブランドの服には不釣り合いなブランドバッグに代わり、問屋各社が企画部門を作って、競うように自社ブランドのバッグを作り始めたのだ。どこもこぞってイタリアに新しいバッグのデザインや素材を漁りに行き、商品企画の腕を磨いた。
 質感のよさそうな革の、ニッケル・メッキのメタル使いの大きめのバッグなど、この頃の人気ラインとしてよく見かけたデザインだ。総じて良質の素材を使って、仕立てにも凝ったバッグが市場に受け入れられたので、デザイン性に重きを置くことができ、また単価を上げることが可能だった。今ではすっかり定番となっているポーターのナイロンツイールのバッグも、この頃に最初のブレークがあったものだ。
 今になって振り返ると、あの頃がバッグ業界にとって、最良の時代だったのかもしれない。


バブルとともにやってきたライセンス・ブランド
 1980年代半ば頃から、世の中はバブルで沸騰しはじめる。そうなると、市場はうってかわって高級ブランドバッグの独壇場となっていった。いわゆる「ライセンス・ブランド」の始まりだ。
 ライセンス・ブランドについて、ここでおおまかに説明しておこう。
 海外の有名デザイナーやショップ・ブランドと契約して特定地域の販売権を借り、自社製品にそのブランドの名を冠して製造・販売するシステムがある。“ライセンス・ビジネス”と言われるもので、一般的には商社などがこのマスターライセンサーとなり、さまざまな商品カテゴリの企業に、そのブランド名をつけたものを作らせる。たとえば服ならA社、バッグはB社、靴はC社に作らせよう、という感じで、そのライセンス・ブランドをトータル商品で展開するためにブランドを振り分けていくのだ。
 振り分けられた企業は、ライセンサーを通じてライセンシーとなるブランド側から提案されたイメージのサンプルを作り、許可を得てから自社の生産ラインにのせ、自社の販売ルートで売っていく。ライセンシー側に、“ライセンス料”という名目の契約料を支払うことで、ナショナルブランドを自社で作り、売っていくことができるわけだ。
 一見、なんの問題もなく、四方が嬉しいシステムのように見えるが、ヘタをやるとただの“名義貸し商売”になってしまう危険性もある。 

 僕は以前、アメリカ大統領が履いていて有名になったあるブランドの靴を買ったことがある。ちょっと安い価格だな、と思ったけれど、足に合ったしデザインもよかったので買い求めた。だが、家に帰って箱から出して初めてライセンス生産の靴だとわかり、ガッカリしたことがある。
 僕としては、アメリカ大統領が履いていた、あのブランドの靴が欲しかったのだ。ただデザインとネームがそのブランドと一緒なだけの日本製の靴で、納得できるものじゃない。これはある意味、「ニセ物」ではないか、とても気分が悪くなったのを憶えている。

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