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クノッピーの豆日記


3月3日

 ぼくは社会に出てからスキーを始めたので、そして勤めていた会社もとても小さかったので、たくさんの仲間と群れてスキーに行ったことはほとんどないんです。それでも長い間続けてきたので、いつのまにか仲間も増えて、この10年ほどは4〜5人で行く機会が多かったのです。でも50才も過ぎると怪我をしたまま復帰しない人がいたり、体力不足で遠ざかってしまったり、だんだん仲間も減ってきました。ましてぼくが一人でスノーボードを始めてしまい、「スキーもボードも両方行くぞ」などと言っていたら、一緒に行く人もいなくなってしまい、最近は単独行が多く、スキー場でもほとんど一人で滑っているようになってしまいました。
 

こんなにいい斜面がぼくだけのものなのだから、ごりん高原スキー場って大好きです
 先日友人の息子@20才と偶然ゲレンデで出会って、一緒に滑ることになりました。まだ3シーズン目のくせに、もうはるかに上手くなってしまい、ぼくなんてついて行くのがやっとですよ。キャリアはぼくのほうがぜんぜん長いのに、悔しいなァ。速いし、飛んでしまうし、すぐにフェイキー(ボードのテクニック)に入ってしまうし。
 そして何本か一緒に滑るうちにわかったんですよ。このところ一人でばっかり滑っていたので、競争心がなくなって、カッコよさばっかり追求してしまい、遅いわ、地面から離れられないわで、なんともつまらないボードスタイルに落ち込んでいました。スポーツって自分の限界に挑戦して、少しづつグレードアップして、新しい境地に入っていくから楽しいのにね。
 来週からは気を入れ替えて、チャレンジスタイルに切り替えです。ヘルメットかぶって、体中にウレタンパッドを巻いて、怪我だけには気を付けながら、ちょっと冒険スタイルに切り替えです。でもこのチャレンジスタイルって仕事にも、すべてのことにも言えるかもしれないなァ。

ウマく滑っているつもりだったんだけれどな。ちょっとカッコ悪い。

2月27日

 おいおい、もう3月だよ。去年の12月からぜんぜん日記も更新していないよ。そうなんです。去年の11月末ころから、ご存知のとおりウィルスメールがやたらと届き始めて、なんとか感染しないですんだのだけれど、なんの拍子かパソコンが不調になってしまい、文章を書くことがとても根気の要る仕事になってしまい、いただいたメールに返事を書くだけで手一杯の状態が続いてしまったのです。そこで思い切って新しいパソコンを導入することになりました。


ぼくはパソコンを使うことはそれなりなんだけれど、ダウンロードだとか設定だとかはどうにも好きじゃなくって、ましてハードなんてまるでわからない人間なんです。だからパソコンのチョイスも見た目中心で決めることにしました。そして秋葉原をぷらぷらしていて、ペンタブレットを触っていたら、もう心が決まってしまいました。そしてVAIOのLX85のペンタブレット付きに決定です。
ペンタブレットって、みどりの窓口で駅員さんが予約などのときに使っている、アレです。マウス代わりにモニター上でペンをくっつけて使います。まだ使い始めて1週間でははっきりしたことはいえないけれど、ウーン便利です。そしてようやくまたホームページの更新に向けて、すこしづつ準備が始まりました。

今日1付き合ってくれた
川崎インストラクターです
夜間瀬スキー場の入り口にある
スクールの受付です
夜間瀬スキー場は北志賀の
入り口にあります


12月29日

今年もウィンターシーズンが始まってもう1ヶ月、雪も順調に降っているし、新調したマテリアルもグッドだし、なかなかいい出足でスケジュールをこなしています。でもひとつ問題があるんです。スノーボードの調子がイマイチで、思い通りの滑りができていないのです。

そこで今日はこんなにいい天気でもったいないけれど、スクールに入って基本からもう一度教えてもらうことにしました。もちろん先シーズンに「おかめ寿司」で会って、「スクールに入りたいのならいつでもきなさい。歓迎します」と言ってくれた立花校長のいる夜間瀬スキー場の「海和スノーボードスクール」に決まりです。

ぼくも憧れているワールドカッパーの海和さんが代表を務めているスクールだけあって、インストラクターも熱心に教えてくました。今日ぼくを教えてくれたのは川崎さんという20代の青年で、スノーボードにハマリきっていて、指導者を目指しているそうです。そして先生一人に生徒一人という超デラックスなプライベートレッスンになってしまったので、イヤぁ、疲れました。

生まれて初めて聞く理論とか、考えたこともなかった動作を教えてもらい、今シーズン初めて自分で納得のいく滑りができて、ホント、嬉しかった。ぼくの年齢になるとスノーボードの仲間も少ないし、まして教えてくれる人なんて周りにはいないし、このままいったら自己流のカッコ悪いクセがつきそうで心配していたので、ホッと一安心です。

ヨーロッパではスキースクールに入るって、けっこう一般的に行われているようです。でも日本ではスクールと言うと初めての初心者だけのもののように思われていて、中級クラス以上になると仲間内だけで遊んでしまい、スクールに入ることなんてまず考えられないようです。レジャースポーツではうまくなるということが目的じゃないことはわかっているけれど、うまい人はヘタッピーより100倍楽しいということも絶対に事実です。今日のように楽しく遊んで、教えてもらってうまくなる、う〜ん 最高の一日でした。

いつも休んでいる砂浜にこんなものが出現します

日本で一番高いところにあるパン屋さんもすっかり冬景色です

高2300mの山には、ハスキーがよく似合います
12月15日

 いつも行っていた三浦の海岸に、ある日突然アルミパイプの棚ができて大根干しが始まると、もう冬が来てぼくの海の季節も終わりです。そうなんです。ぼくの行っている津久井浜は三浦大根でも有名だったんです。きっとおいしいタクアンになるんだろうな。そしてぼくはウィンドサーファーからスノーボーダーに変身してしまいます。

 毎年この季節になると、フロンガスが増えたとか温暖化だとか言われて、「今年は雪が少ないぞ」と言われ続けてきたけれど、今年もちゃんと雪は降ってきました。12月も最初のうちはスキー場でも滑れるところは少なかったけれど、だんだん増えてきて今週末からはもう立派なウィンターシーズンの始まりです。このところの札幌はちょっと降りすぎですけれどね。

 ぼくは志賀高原フリークです。もうこの数年、志賀高原以外のスキー場には行ったことがないのですから。そして今の時期なら、志賀は横手、熊の湯ですよ。標高が高いからこんな時期でも雪質は良いし、どこよりも早くオープンするし、そしてゴールデンウィークまでは滑ることができるという、長いシーズンが待っています。というわけで今年も志賀にかよっています。でもこのエリアはスノーボード禁止なんです。だから焼額山が完全オープンするまではスキーヤーで我慢しておきましょう。今年も楽しいシーズンになる予感がしています。





ミナミ・スポーツ スパツィオ館です。
もうけっこう混雑していました

  9月26日

あんなに暑かった7月の後ははっきりしない8月が来て、9月になったらなんだか秋が早く来てしまったような気がします。8月中頃、ウィンドサーフィン用のウェットスーツを探しにお茶の水を徘徊するうちに、ちょっとスノーボード売り場を覗いたのが運の尽き、我慢できずにブーツとボードを買い換えることになってしまいました。今のセットは初心者の時に買ったままだから、もうそろそろいいか。
 売り場の店員さんから色々知識を仕入れて、ブーツはDEELUX、ボードはヨネックス、バインディングはフローという、今までのぼくとはちょっと違うなかなか渋好みのチョイスができたなと、ひそかに自慢してしまいます。
ぼくの世代は舶来品崇拝意識が強く、欧米のビッグネームにとても弱いんです。そして今の30代後半の人達も「私をスキーに連れていって」の影響なんだろうな、ブランド志向の強い世代のようです。今回スノーボードのマテリアル選びはミナミスポーツ・スパツィオ館の白旗さんという20代のスタッフに相談にのってもらいました。そして白旗さんのモノ選びの考えを聞いているうちに、「今の20代ってけっこう素直にモノを判断しているな」と思いました。だからちょっと前のぼくだったら、「ヨネックスのボードなんてイヤだよ、ラケットじゃないんだから」なんて思って、絶対にチョイスできなかったボードやブーツを選ぶことができました。
 
 

いいでしょ、このセット。ボードのイエローはミナミ・スポーツのオリジナルカラーです
 アイソラのサイフは、もちろん中国製のロープライス商品との競争に勝たなければならないけれど、もっとたいへんなのはナショナル・ブランドのサイフとも市場で戦わなければならないことだと思います。海外旅行のおみやげ人気ナンバー1といわれるブランド・サイフって、もらえばたしかにうれしいし、ン10万円もするわけではないし、競争相手としてはとっても強力です。でも白旗さんのように、20代でモノの価値を素直に判断できる人達が増えてくればなんとかなりそうだぞ、などと思ったりした楽しい1日ではありました。

 


朝10:00だと、さすがにまだガラガラです

今日も風待ち、なんにもすることがありません
8月29日

6月中旬から「暑いな、暑いな」と思いながら、津久井浜に通ってウィンドサーフィンで遊んでいるうちに、もう8月も終わってしまいます。前半はあんなに暑かったのに後半はボーっとした天気が続いて、なんだか不完全燃焼の夏になってしまったようです。
今シーズンもなぜだか気合が入ってしまい、というよりも津久井浜で呑みすぎてしまって帰るに帰れず、横須賀のホテル泊まりで週末は海で過ごすという贅沢な暮らしをなんども経験したりして、けっこう楽しいシーズンを過ごしています。でもウィンドサーフィンってホントにむずかしいスポーツです。「今日はがんばるぞ」と思ってはりきって海にいったって、風がなけりゃなんにもできないという、お天気まかせのスポーツなんですから。
先日、ひまを持て余して御茶ノ水に行ってしまいました。そしたらもう半分はウィンタースポーツになっているんですよ。どんどんスノーボードの新しいお店も作っているし、「今年は久し振りに好調なシーズンなのかな」と思いながら、お店をひやかしていたら、「そろそろぼくのボードも換え時かな」という気になってきました。もう頭の中は夏と冬がゴチャゴチャでパニクっています。


あんまりひまなので、無風でもいいからちょっと出ようか


  7月26日

アイソラは公私混同している会社なので、クルマはぼくのスキー行きを中心に考えて、4WDにしていました。だけれど2年ほど前、新幹線でスキーに行くということの味をしめて以来すっかりはまってしまい、もうこれからは新幹線で行くからクルマなんかなんでもいいや、ということで買い換えずに古いクルマに乗っていました。2年前からエアコンがあまり効かないので、なるべく夏は乗らないというヘンな使用法をしていたところエアコンがダウンしてしまい、とうとうクルマを換えざるを得なくなってしまいました。

今度のクルマはスキー行きなどの縛りがないからどんなんでもいいぞ、ということになって色々と探してみても、あまり魅力のある車がないんですよ。そして数年前にデビュした時に「アッこれはいいな」と思ったベンツのA−クラスを思い出しました。

いざ手に入れて乗ってみると、トレーラートラックの運転席だけで走っているというか、うしろのムダな部分をスパッと切り捨てたような小気味良さがなかなかいいんですよ。すっかり気に入ってしまいました。

そしたらこの車がデビュしたころは、こんなデザインのクルマなんてなかったのに、いまやウジャウジャ走っているんですね。ぼくはあまりクルマには興味がなかったんで気付かなかったけれど、すごいや。この国っていいとなると一辺倒になってしまうというのがよくわかります。

今日は「レザーフェア」です。このところの世界的な環境保護の影響なんでしょう。どこの革屋さんのブースでも「タンニンなめし」はやりです。アイソラは今ではイタリアでも作ることのできる工場が少なくなってしまったクラシック製法で作られた「カリオカ」や「ブライドル・レザー」など「タンニンなめし」の革を中心に使ってきたけれど、ここまで「タンニンなめし」一辺倒になってくると、ちょっと違うんじゃないかなとへそ曲がりが涌き出てきます。

みんなで同じモノを作って、さいごは値段競争して、飽きがきて、ゴミになって捨てられる。これじゃなんのための環境保護かわからないよ。ということでぼくは今ひそかに違う動きをしています。今年の秋には発表できるぞと思って、楽しみに仕事をしています。
ブルーもとてもきれいな色だし、気に入っています
例年よりもズーッと早い7月5 6日に開催されました
イタリアからも出展しているし、賑やかに変わってきています


5月26日

昨晩友人と呑んでいてこんなことがありました。2ヶ月くらい前その友人に迷惑をかけてしまい、お詫びのしるしにアイソラのサイフをあげることにしました。友人は知的レベルも高いし、そこそこオシャレだし、経済的にもゆとりのある人間です。そしてだいぶ前に購入したという「バリー」の束入れを使っていました。
「カジュアルなウェアの時までそんな長い束いれを持っていたら、カッコ悪いよ。アイソラの純札と小銭入れをあげるから、せめて遊びの時はこのセットを使いなよ。この革はタッチ感はいいし、だんだん色もなじんでくるし、名人が作ったんだから縫製は最高だし、きっと気に入ると思うよ」
「じゃ、クロか茶色にしてくれる」
「だめだめ、グリーンにしなさい」
ということで無理矢理カリオカのグリーンを持たせてしまいました。

そして昨日のことです。
「久野さんの言っている意味がわかったよ。たしかにお気に入りのサイフっていいモンだよな」
毎日毎日バッグからサイフを出すときについニンマリとしてしまい、なにも用がないのにサイフを出しては撫でてしまい、お金を払う時は店員さんに見せびらかしてしまう。そして「バリー」のサイフはもう持ち歩いてはいませんでした。これでまたアイソラファンが増えたようです。

年がら年中お金の苦労だし、売れればいつ止まってしまうのだろうと思い、売れなければどうやって処分しようかと悩む、メーカーってほんとにつらい仕事だけれど、こういう嬉しい話があるのだから、やっぱり生産現場からは離れられません。そして今度は「バリー」にまで勝ってしまいました。うれしいことです。


TVでおなじみのぼくのイチオシの天外天。地下鉄千駄木駅隣りにあります
いつも並んでいる神名備。千駄木駅からは遠いし、毎週 月、火曜日はお休みです
谷中銀座の真ん中にできたはしご。まだまだ空いているけれどぼくはザーサイ坦々麺が好き

5月11日

アイソラは千駄木という街にあります。ぼくはこの街の住人でもありますけれどね。隣町の根津、谷中と一緒に「谷根千・やねせん」と呼ばれ、下町の風情が残っている街として、このところ散歩コースで賑わい始めたなかなかいい街です。

以前日記にも書いたんだけれど、この街はおいしい食べ物屋さんがなくって、昼時などは苦労していました。ぼくは会社にいることが多いし、休日だって千駄木にいることもあるんだから、これはツライですよ。そしたらこのところ嬉しいことに、続々とおいしい食べ物屋さんができてきました。とくにぼくは「千駄木・坦々麺戦争」と呼んでいるんだけれど、おいしい坦々麺を食べさせるお店が何軒もできたんです。

最初はやっぱりこのへんでは老舗で、TVのグルメ番組でおなじみの「天外天」でしょう。休日の昼時にいったら、まずすんなりとは入れません。「坦々麺セット」おいしいです。
アイソラからは歩いて2分のところにある「神名備・かんなび」はもともとぼくが好きだったラーメン屋さんが廃業したあとにできたお店で、またこのお店も逃げちゃうのかなと思っているうちにアレヨアレヨと評判を呼んで、最近では食べられたことがありません。だって必ず並んでいるし、ちょっと遅く行ったら売り切れちゃっているんですから。
このあいだ谷中銀座に「はしご」ができました。銀座で評判を呼んでいるお店ということだけれど、まだまだ地元では覚えられていないからかな、これからに期待です。

そんなこんなで今では「今日は何を食べようかな」と嬉しい悩みが湧いてくる、おいしい町になってきました。ありがたいことです。
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