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クノッピーの豆日記



5月20日

今日は日帰りで名古屋に出張です。あれからもう1年か。ちょうど1年前にも名古屋方面に出張したな。今回は新幹線ひかりに乗ったのだけれど、あんなに座席間って広かったっけ。ぼくじゃ前に足も届かないぞってオーバーか。でもぼくの得意の長野新幹線とはエライ差だな。世の中どんどん進化しています。

今回はお取引先の、アピタ長久手にあるJ−BAGが6月末に出店する新店に置いてもらう新しい商品の打ち合わせです。6月中旬にはアイソラも展示会を控えていて、サンプル製作や素材の到着も順調に進行しているので、息抜きをかねての出張になりました。いつも思うことだけれどやっぱりたまには出かけていって、いつもと違う人と話すことってとてもいい刺激になりますね。

アピタ長久手って名古屋駅から30分くらい地下鉄に乗って、終点からさらにタクシーで行かなければならない足の便が悪いところなのに、このJ−BAGはいついってもお客さんであふれているんです。さすがに全国でも最大級の80坪の専門店の底力なんだな。

4月には老舗のハンドバッグのナショナル・チェーンが倒産して、気の滅入る出来事が続いていたのだけれど、宮島店長や担当の井口さんと話していて、新店の気合の入った話を聞いているうちにだんだん明るくなってきました。やっぱり明るいが一番だな。

そして東京に帰ったらいよいよ展示会の最終準備です。この出張で気付いたことや指摘されたことを手直しして、あと1ヶ月でどこまでできるかな。マァ職人さんもがんばってくれているから、ぼくなんて楽していますけれどね。いい結果が出ることを祈りましょ。


4月14日

今日は朝からイタリアから来た革屋さんと打ち合わせです。もう今年の秋の新ラインはとっくに決まっていて、職人さんとの打ち合わせも終わり、あとはサンプルができるのを待つだけなんだけれど、来春のことに今から手をつけておけばスケジュール的にとても楽ですからね。

日本のマーケットの現状を聞いてもらってぼくの考えを話してみると、イタリアの人たちとは微妙に違っているんですね。でも話し合っているうちにはだんだんわかりあえてきて、さいごにはようやく「アイ、トライ」といってくれました。これで長年のぼくの希望も一歩前進です。この打ち合わせの効果が今年の夏過ぎには具体的な形になって、ぼくの手元に届くはずです。楽しみに待ってます。
4月初旬に香港で開催される予定だったイタリアのレザーフェアは、SARSの影響で6月に延期になってしまいました。このままじゃ6月だってわからないですよ。プロモペルという日本で開催されるイタリア皮革製品の展示会は無事開催されているけれど、やっぱり香港じゃちょっと怖い。

イラクの戦争で不況がますます悪化して、SARSで人の行き来が激減して、世の中モノを売ったり買ったりという雰囲気じゃなくなってしまいました。でも今日の打ち合わせの結果がうまくいってくれれば、今秋には新しいラインが見えてくるかもしれない。まあ、ぼくはぼくのできることをしていくことしかないな。


久しぶりのワールドカップは選手じゃなくてもドキドキします
3月10日

3月7・8日は二年に一度の志賀高原でのスキー・ワールドカップが開催されます。金曜日の大回転は仕事なので行けないけれど、土曜日のスラロームは前売り券もゲットしてあるし、楽しみにしていました。今年は佐々木選手は調子いいし、長い間見てきた木村選手も今回で引退するということで、どうしても現場にいたいですからね。

そして金曜日にネットでチェックすると、悪天候で大回転は中止ということです。もう冬もとっくに終わった3月8日ですよ。それなのに大雪です。今年はどうなってしまったのだろう。そして3月8日になりました。朝起きて窓の外を見たら昨日から引き続いての大雪です。それでも昨日よりは少し風は落ちているかな。ネットの情報ではちょっとスタートは遅れるけれど、開催は間違いないとのことなので、さっそく会場に入ってみることにしました。

午前中の1回目はなんとか我慢して見たけれど、昼に食事したらもうギブアップです。寒いし霧でなんにも見えないし、選手には悪いけれどぼくは撤退です。木村選手は間近で応援できたし、佐々木選手はがんばって6位になったし。でもそれよりもあんな悪天候のなか、レースを続けられるようにコンディションをキープさせた裏方がエライや。

次の日はいつものごりん高原でスノーボードです。この週末の5日間で降雪が2mというのだから、前代未聞の雪深い3月です。滑っているそばから雪が降り積もるので、どこへいってもノートラックの最高の新雪で、今シーズン最高のコンディションで遊べました。でも寒かった。今年はシーズンオフ間近になってもまだまだ最高のコンディションを保っているので、スキーシーズンがいつもよりも長くなる予感がするなァ。

地元では前日までは不評だと予想されていたけれど、
いざオープンしたら8,000人くらいの大入りだということでした
こんな天気の日は新雪以外はなんの楽しみもありません リフトに乗っているだけでこんなに雪にまみれてしまうのだから、3月の天気とは思えないでしょ



今週の夜間瀬スキー場は冷えたり、
雨になったり、こんなに晴れたり。忙しい天候でした
3月2日

今年は1月早々に夜間瀬スキー場にある海和スキースクールのスノーボードレッスンを受け、今年こそうまくなるぞという意気込みでシーズンインしました。2月になったらgoodなレッスンビデオも手にいれて、やっぱり今シーズンはうまくなるためのシーズンなんだなと思って、けっこう真剣に練習したけれど、たいして進歩はしなかったな。でもぼくは「もうこの年になると体力も続かなくって」なんて泣き言は絶対に言わないぞ。

2月のある日、いつものとおり湯田中にあるおかめ寿司で呑んでいたら、海和スクールの立花校長とお会いしました。そして楽しくお酒を飲んでいるうちに、よせばいいのに「ぼくはスキーがうまいんだ」などと大言壮語を吐いてしまったのですよ。そしたら校長から「夜間瀬にいらっしゃい。ギャフンと言わせましょう」とのありがたいお言葉をいただきました。

そして夜間瀬スキー場に恥をかきに行ってきましたよ。「ヤダな、酔っ払って余計なことを言わなければよかったな」。ってこれはいつものことですからこのへんはもう厚顔無恥になっていますから。スキー場に着いて校長に連絡を取ってもらって、即スクールに放り込まれました。


これだけ派手なウェアで滑っていたらやたらと目立つから、
みっともなくって少しはうまくなろうと努力するだろ


ゼッケンをつけるとなぜだか気が引き締まって、
スクール生の気分が盛り上がります


最近はボードのスクールにはよく入校するのだけれど、スキースクールはもう6年ぶりくらいになります。まだカービングスキーができる前に、奥志賀高原の杉山スクールに入って以来だな。ぼくは一人で滑っていることが多いので、どうしても我流が入ってしまうようです。

「久野さん、スタンスは広すぎるし、ストックワークはタイミングが悪いですね」と言われて、「うそでしょ、ちゃんとできているでしょ」と反論したって、ビデオを見せられてはただ黙るしかないです。あーァ、今年はスキーまで課題ができてしまった。そしてインストラクターにしごかれて、思いっきり「ギャフン」と言わされてきました。



こんなに晴れ上がった日にはスノーボードも楽しいものです
北アルプスの見える日は標高の高いスキー場がおすすめです

←もうどこにも置き場所のない雪が町のアチコチに捨ててあります

こんなところにも捨ててあります
←今年は、山の上は晴れていても下界はガスで何も見えない日が多かったな


2003年2月16日

 12月の後半から1月一杯は、長野は異常な大雪状態が続いています。ぼくにとってはうれしいことなのだけれど、長野には友人もたくさん住んでいるし、そうも言ってはいられないな。みんな今年の雪下ろしはツライと泣いています。そして今年の志賀高原は、もともとが急斜面の無いスキー場なんだけれど、いつもはちょっとはビビラせてくれる斜面がなんだか初心者バーンになってしまったような気がします。降雪量が多いと斜面って緩く感じてしまうのですね。そして風邪のおかげで早い時間からスキー場に行くには無理があるし、だからせっかくのパウダースノーも全然味わえないし、最悪の週末が続いています。

 もう2月に入って今年のスキーシーズンも半分を過ぎてしまいました。後半はぼくが楽しみにしているFISワールドカップが志賀高原で開催されるけれど、これからの季節は気温が上がるとせっかくたくさん雪があっても全然楽しくないスキーになってしまうし、なぜかもうシーズンも終わりかなという淋しい気持ちになってしまいます。マァ今年もさんざん遊んだから、なんの心残りも無いのですけれどね。

 1月のある日ケーブルTVを見ていたら、ケイコとマナブというチャンネルでスノーボードのレッスンビデオを放映していました。また初心者向けのつまらない内容だろうと思って何気なく見ていたら、これがすばらしいレッスンなんですよ。相沢盛夫というデモンストレーターがルスツスキー場で撮ったものなんだけれど、今まで見たどのビデオよりも内容が濃いのですよ。しっかり録画撮りして見直しました。

 ぼくもスノーボードを始めて7シーズン目になるけれど、このくらい経験してしまうとどんな斜面もそこそこ滑ることができてしまうし、ぼくのように怪我が怖いのでハーフパイプやパークに入らないボーダーは、壁に突き当たってしまいます。技術的に伸びないというよりも、すべりがマンネリ化してしまい、つまらなくなってしまうのです。でもこれで目標ができました。フリーランのなかで色々なテクニックをかましてしまおうというビデオなんだけれど、これなら転んでもたいしたことなさそうだし、技術的にはとても難しそうなものもあるし、今年の後半はこれで遊べそうです。


全4?冊の植草甚一エッセイ集です。映画とジャズの入門書では最高なんじゃないかな

なんだかんだで今はビル・エバンスを集めています

当時のLPジャケットからコピーしたこのCDの写真といい、エッセイ集の装丁といい、モダンジャズ関連ってなぜかみんなカッコいいな

この本のグラフィックっていいでしょ。ぼくのお気に入りです

2003年1月28日

 去年の12月にひいた風邪も年末ギリギリでようやくなおって、楽しい年末年始を過ごせたなと思っていたら、やっぱり油断大敵でした。1月半ばになってまた風邪でダウンしてしまったのですよ。「アアァ、あの夜酔っ払ってあんなに騒がなければ、どうってことなかったのにな」って思っても後の祭りでした。そして先週から今週にかけてもまた会社から布団に直行という毎日を送っていました。今年はよく風邪をひくな。

 「ネットワーク・ウォークマン」をゲットして以来、妙に音楽にはまってしまったようです。植草甚一さんのエッセイ集を書棚の下から引っ張り出してきて、古いJAZZのCDを買い漁ってきて、もうずっぽりと50's から60's の頃のモダンジャズにはまっています。これで何度目のマイ・ブームになるのだろう。あのカッコよかった爺ちゃんのJJ氏、植草さんにはぼくはすっかり参ってしまっていたものな。

 前回のマイ・ブームの時にはコルトレーンとモンク一辺倒だったのに、今回は大人になったのだろうか、ビル・エバンスに妙に惹かれるようになっていて、気持ちよくピアノに酔いしれています。でもやっぱりぼくが好きになるのはメジャーなミュージシャンばっかりだな。モバイル用のパソコンに入れたりネットワーク・ウォークマンに入れたり、チョコチョコとヒマを見つけては聴いています。

 モダンジャズってなかなか入り込むのがむずかしい世界だと思う。ぼくは60年代半ばは高校生だったから、最盛期のモダンジャズをリアルタイムで聴くことができた世代だけれど、そのころはまるでダメだった。レコード・プレーヤーも持っていない環境じゃ好きになれるわけがなかったですからね。そして30歳を過ぎてからいろいろな人にコーチしてもらって好きになってきたのだけれど、一番大きい影響は植草甚一さんのエッセイ集から受けたな。こんな本、もう手に入れることもむずかしそうだけれど、もしそんな機会があったらぜひ一度読んでください。モダンジャズにのめりこめます。


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