エピソードU
ステンマルク
「ステンマルクも若かったなァ。左の人が誰なのかは
永遠のナゾです。」



僕が30歳の頃通っていた喫茶店にこのサインが飾ってありました。近所にあったスポーツショップの店長が富良野のW−cupを観戦に行った時に手に入れたものです。
 ぼく達の世代のスキーヤーにとってステンマルクは神様のような存在です。たしか彼が19歳のときに苗場で行なわれたW−cupに初めて来日し、翌年の20歳のとき、富良野で開催されたW−cupでブッちぎりで優勝しました。このサインはその時のものなんです。ぼくはマスターに何年も拝み倒して、家法にするという約束でようやく貰ったものです。 ぼく達の世代のスキーヤーにとってステンマルクは神様のような存在です。

 あれから20年たって‘97年のシーズンのことです。NAGANO‘98のイベントで2年ほど続けてステンマルクが志賀に来ていました。その日ぼくが志賀高原で滑っていると「これからステンマルクがデモ滑走をおこないます」という放送がありました。もちろん急いで指定のバーンにかけつけました。係のおじさんに「ステンマルクはどこ?」と聞くと「いまリフトから降りたあの人がそうですよ」といいます。あの懐かしい滑りで降りてきます。それを目の前で見られるんだから、ジーっと目を凝らして見ていました。そしたら途中の藪の付近でフっと消えてしまいました。アレっと思って探してみたら、立ちションしていました。そしてそばまで降りてきたので、ぼくはグローブをはめたまま握手しました。そして「ぼくはあなたの20年前のサインを持っています。だいじに飾ってありますよ」といったら、嬉しそうな顔で笑っていました。

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