エピソードT
NAGANO'98
to kuno ロス・レバグリアティ スノーボード ゴ−ルド ナガノ98」
というサイン入りです
 1998年に長野オリンピックが開催されました。ぼくのホームゲレンデの志賀高原でもスノーボードやアルペンスキーが行なわれ、ぼくは男子回転やアイスホッケーのカナダvsチェコ戦の応援などでけっこう熱い思いをしました。そしてそのころにこんなことがありました。
 
 開会式の前日の夜8時ごろ、志賀にいこうと思ってナガデン長野駅にいきました。ちょうど発車のベルが鳴っていたので電車に飛び乗ろうと思って駅員に聞くとその電車は途中止りで湯田中までは次の電車を待てといわれました。仕方なく改札を出て、ベンチで待とうと思っていると僕の後から来た外人が駅員と言い争っています。よく聞くと外人は僕と同じ湯田中にいきたいと言い、駅員は英語はチンプンカンプンらしく「ノー、ノー」というばかりで会話になっていません。仕方ないからそばにいって「僕と一緒にいきましょう」ということになりました。

 バンクーバーから来たカナダ人だというのでスキーの話で盛り上がって湯田中まで楽しく行って、駅で降りて「どこのホテル?」と聞いたら志賀の山の中のホテルです。もうとっくにバスはないしタクシーは長蛇の列でとてもじゃないけど並ぶ気になりません。しょうがないから「もう少し列が短くなるまで、駅前のなじみのすし屋で時間をつぶそう。ぼくがおごるよ」とんでもない国際親善になってしまいました。
しばらくして店にタクシーを呼んで送り出すとき、「私の名前はマーク・レバグリアティで息子はロス、カナダのスノーボードの選手です。応援にきました」といいます。「強いの?」と聞くとカナダチームのNo,2とのこと、みんなで応援するから息子によろしくねっといって別れました。その次の日、僕がスノーボードから帰ってきてTVをつけたらアナウンサーが言っていました。「今オリンピック最初の金メダリストが決まりました。スノーボードのカナダチーム ロス・レバグリアティ選手です」 その後しばらく大麻事件で有名になった選手のお父さんでした。
 もちろんすぐにホテルにお祝いのFAXを送りました。しばらくしてお礼の手紙と一緒に送られてきたのがこのポスターです。
レバグリアティ家の別荘のあるウィスラーで
開かれた歓迎パーティーのポスターです

BACK
HOME