モノ作りの現場があぶない
レザーフェアの会場は浅草寺を抜けていくと近道です
皮革業界では年に2回来シーズンに向けた新しい素材を持ち寄って、合同展を浅草の台東産業会館というところで開催しています。靴、バッグ、レザーウェア、革小物など皮革を使う業界のデザイナーや、最近は専門学校生も招待されているようで、なかなかにぎやかな展示会になってきました。だけれどそこに出展される革なんですが、もう何年続いているのだろう、自然にやさしいなめし方法ということで、タンニンなめしの革ばかりが出展され、クロムでなめされたエレガントだとか繊細さのある革が息をひそめてしまっているんです。そりゃアイソラはタンニンなめしの革を多く使ってきたから気持ちはわかるんだけれど、こんなに無個性になって同じものばかりを扱うようになっては革屋さんがいくらたくさん集まったって意味がないじゃないですか。

今生産現場では、マーチャンダイジングだとかCS(顧客満足度)などといって消費者の動向を意識するあまり、消費者に一番近い小売り店が問屋に情報を伝え、企画や生産決定権のある問屋が製造業者にその情報に沿ったものを作らせるという流れができてしまっています。今流行りのSPAにしても最初の情報を消費者に求めているので、結局は同じ流れで生産しています。これじゃ同じようなお店ばっかりできて、同じような商品ばっかりになるのも無理はないですよ。
今回のテーマはLOVE、イタリアからの数社が出展しています

日本の皮革製品の産業構造は製造手段を持たない卸売業・問屋業が最終的な生産決定権を持っているので、仕入先を簡単にシフトできるという特徴があります。だからマニッシュが流行れば男っぽいモノの得意な製造業に依頼するし、エレガントが流行れば違う仕入先を探して発注しています。売る側がそんな姿勢だから作る側でも、「何でも言ってください、うちは何でもできますから」という製造業が多くなってしまいました。でも「何でもできる」って「何にもできない」に近いことだと思います。製造業ってある意味突き詰めて作り込んでいかなければ、良いものなんてできるわけがないのですから。挙句だんだん各社の特色がなくなって、差別化のために外国からブランド・ネームを借りてきて、ライセンス商品を作るようになったといえるかもしれない。そして今はトレンドが価格競争になってしまい、とうとう産地を中国に移してしまったので、国内の職人さんたちは仕事が無くってみんな四苦八苦しています。

日本の産業構造って江戸時代の「士農工商」の影響なんだろうか、工と商がはっきり分離していて、作る人は作るだけ、売る人は売るだけになって、お互いに境界線を引いて棲み分けをしているような気がします。そして「商」は売れるものだけを作ろうとするので「工」との結びつきをなるべくあいまいにしておこうとしてきた結果、特徴のあるものを作ることのできるシステム作りに失敗して、今のようなヨーロッパから名前を借りてきて中国で生産するという主体性のない業界になってしまったのだと思います。

ヨーロッパ、とくにイタリアではあらゆる業種で世襲が一般的に行われているようです。ファミリーで同じ職業を分け合っていくので、GUCCIのように一度争いが起こるとそれこそ骨肉の争いになってしまうようですが、モノ作りの継続性という点では日本よりもはるかに優れているような気がします。「家業」って日本では同族会社の零細企業というイメージがあってあまりいい印象が持たれないけれど、伝統芸能の世界を見ればわかるとおりモノの継続性という観点から見れば、一番効率的な形態かもしれない。そして中国やこれからは北朝鮮までもが世界の工場になっていくことは目に見えているのだから、彼らと差別できるモノ作りのためにはぼくたち生産決定権を持っているサイドの会社は、こういった根底的なことをもう一度見直す時期にきているような気がします。


レザーフェアの後はこんな個展が開催されて、いよいよ来シーズンの企画が立ち上がっていきます

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